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「大暴落後」の日米の株価は割安か、割高かへの「ひとつの答え」 失業率の動きをもとに分析すると…

「暴落」後、日米株価は相変わらず不安定な動きを続けている。筆者は、この原因は、FRBのインフレ予想を上回る金融引き締めの「行き過ぎ(実質金利の上昇とFRBの資産圧縮)」が原因だと考えている。

従って、FRBがとりあえず、現状の金融引き締めを中断しない限り、株価の不安定な動きは終わらないと考える。ただし、幸いなことに現時点ではまだ世界の資産市場は「リスクオフ」の局面には移行していない。

よって、現段階までの株価の大幅下落は、かつてのITバブル崩壊リーマンショックなどのバブル崩壊ではなく、本格的な金融引き締めの初期にみられる株価、もしくは、株価にビルトインされている投資家の経済の先行きに対する「期待」の調整と考えることもできる。

 

現在の株価水準が割安か割高かについての議論がいまだに続いている。割高論の代表格は、「バフェット指標」である。

「バフェット指標」とは、株式の時価総額が名目GDPの規模と比較して100%を超えていれば、経済規模と比較して株価が過度に上昇していると判断するものである。ちなみに昨年12月時点の「バフェット指標」をみると、日本は128.5%、米国は112.7%でいずれも100%を越えている。従って、「株価は割高で、調整する運命にあったのだ」ということになる。

一方、割安論の代表格はPERなどの「バリュエーション指標」である。

例えば、予想PERをみると、2月初め時点で、日米とも主要株価指数ベースで15倍から16倍程度である。バブルの頃の予想PERが50倍、ないしは60倍、もしくはそれ以上だったということを考えると、現在の日米の株価はそれほど割高ではないということになる。

これら2つの指標をみると、ともに「なるほど」と思ってしまうが、最大の問題は、ともに割高・割安の「基準」が曖昧な点だ。

「バフェット指標」は一応、「100%」が割高か割安の判断の分かれ目になっているが、100%を優に超えた株価指数新興国を中心に多く存在する(例えば、シンガポールは269.7%、南アフリカは387.6%、韓国は118.3%など)。つまり100%を大きく超えたとしてもそれは必ずしも将来の株価調整を示唆するものではない。

予想PERも同様である。筆者はPERの「均衡値」がどの程度かを様々な経済指標などを用いて推定してみたが、統計学的に有意な結果をもたらすモデルを探せなかった。PERの均衡値はそのときの株式市場を取り巻くマクロ経済環境によって変化していくと考えるのが自然であるため、PERを用いて株価の割高・割安を考える場合には、過去の平均値と比較してもナンセンスである。

細かい話をすれば、マクロ経済との関連性からPERの均衡値を推定する「モデル」を推定することが必要である。だが、筆者はこれをどうやっても見つけ出すことができなかった。従って、予想PERを用いて株価の割高・割安を判断するのも、少なくとも筆者にとっては難しい話である。

 

今回は、株価の適正水準を考えるための比較的新しいツールを紹介したい。

これは、簡単にいえば、マクロ経済モデルを用いる方法であるが、ただ、使用するモデルはこれまでの主流のマクロ経済モデルとは大きく異なる。

UCLAカルフォルニア大学ロサンジェルス校)のロジャー・E・ファーマー(Roger E Farmer)教授は、現在主流のマクロ経済学(「ニューケインジアン経済学」がその代表)は、現実の経済を分析するツールとしては余りにも問題が多いとして、ケインズの「一般理論」の記述をなるべく忠実に再現した「古くて新しいマクロ経済学モデル」の構築に取り組んできた。

彼は特に、「フィリップス曲線」という概念に対して否定的なスタンスをとっており、「フィリップス曲線」の代わりに「信念関数(Belief function)」といわれるものを導入した。

ちなみに、ファーマー教授は、計量経済学の分野では、「レジームスイッチングモデル」などに関して学界で極めて影響力の高い論文を執筆するなど、第一線級の経済学者であることを付記しておく。彼が展開しているこのマクロ経済学の詳細に関しては、彼の著書(例えば、2017年に出版された『Prosperity For All』)を購読されることをお勧めする。

誤解を恐れずに単純化すれば、ファーマー教授は、経済活動を営む人々の、将来の経済に対する「信念」をモデルに組み入れることで、リーマンショックなどの経済危機やそれ以前のブームを考察しようと試みている。そして、この「人々の信念」を端的に表しているのが株価なのである。

そして注目されるのは、この、「人々の信念」を取り入れたマクロ経済モデルでは、その「信念」を代替する株価と経済の需給ギャップ(これは通常のマクロ経済学では、「IS曲線」で表現される)の間にある一定の相互依存関係が存在するとしている点である。

さらにいえば、この経済の需給ギャップは、概ね失業率の動きで代替することが可能であるため、株価と失業率の間にはある一定の相互依存関係が存在するというのが実証分析上の「肝」となっている。

そこで、株価と失業率の推移をみたのが図表1(日本)と図表2(米国)である。

 

 

 

この長期的な均衡値からの乖離幅をどのように読むかであるが、図表3、4をみると、株価が長期均衡値上で安定的にとどまることは極めてまれであることがわかる。

すなわち、このモデルからは、株価はほぼ絶えず、長期均衡値対比で割高か割安の水準で推移していることになるが、基本的には割高と割安の間を循環していることもわかる。

また、図表中の点線は、もし、株価が、失業率との関係でみた長期均衡から点線の内側の範囲内で乖離しているのであれば、それは「想定の範囲内」の変動であることを意味している。逆にいえば、点線をはみ出す変動こそが、株価が「上げ過ぎ」、もしくは「下げ過ぎ」であることを示唆している。

そして、この上下の点線のところまで乖離が広がると、株価の転換点となる可能性が高いことが示唆される。

具体的にいえば、乖離幅が上の点線を越えると、そろそろ株価の調整が始まる可能性が高まっている、という解釈となる。

例えば、日本の場合(図表3)でみると、1997年は、金融危機による過度の悲観論から株価は過大に割安状態で放置されていた一方、1999年終盤から2000年半ばにかけてのITブーム期は逆に、過剰に割高状態で放置されていたと推測される。また、リーマンショック直後の下げのときにも、過剰に割安に放置されていたということになる(米国の場合も同じように解釈すればよい)。

そこで、昨年12月末時点での株価はどう評価すべきだろうか。

まず、失業率との関係でみた長期均衡値は、20500円程度(正確に計算すると20375円)ということになる。そして、12月末の日経平均株価はこの長期均衡値から2300円程度上の水準にあったが、前述の点線の範囲内に位置しており、必ずしも割高ではなかったという結論になる。

今年1月の失業率はまだ発表されていないが、仮に昨年12月と同水準であったとすると、1月23日につけた終値ベースの高値である2万4124円は、前述の上方の点線ギリギリの水準であり、割高感はないものの、サイクル的にはそろそろ調整してもおかしくないタイミングであったといえる。

一方、図表4をみると、SP500株価指数は昨年12月末時点で、前述の上方の点線に到達しており、失業率との関係でいえば、割高な水準に入りつつあったことを意味する。

そして、今年1月に入ってからはさらに加速度的に上昇したことから、SP500株価指数は、「上げ過ぎ」の局面に入っており、日経平均株価以上に調整のタイミングが近かったと推測される。

以上のように、失業率との長期的な相互依存関係から推測すると、昨年末から今年初めにかけて日米の株価は「上げ過ぎ」の局面に入り、「調整のきっかけ待ち」という状況であった。

そして、このような状況下で、FRBが資産圧縮を開始し、米国の実質金利が顕著に上昇し始めたことが「Catalyst(触媒)」となって、一気に株価が調整したと考えられる。

さらに調整する可能性も

もう一つ重要なことだが、今回、このモデルの推定は日本の場合は1997年以降、アメリカの場合は2008年大四半期以降のデータで行った点である。つまり、前述のように、経済危機によって経済が停滞局面に入って以降の株価と失業率の関係をモデル化したものである。

従って、もし、日米両国の経済が、長期停滞から脱した場合には、このモデルで示された関係は崩れ、株価は失業率との均衡値との乖離幅をどんどん拡大させるはずである。

だが、残念ながら、実際は日米の株価は乖離幅の上限に達したところで反転し、調整した。このことは、日米経済が依然として停滞局面から脱しきれていないことを意味しているのではなかろうか。

さて、今後だが、日米の実体景気が回復を続け、失業率がさらに低下すれば、株価の長期均衡値も上方修正されるため、割高感は自然と解消することになる。だが、ここでの株価と失業率は「相互依存関係」にあり、株価の下落局面が続けば、その後には失業率の反転・上昇が起きる懸念があるということである。

そして、もし、失業率が反転・上昇することがあれば、株価がさらに調整する可能性も否定できない。

話は元に戻るが、やはり、この悪い流れを変えるのは、FRBの金融政策の転換ではないかと考える。

 

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